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量子リテラシー

 量子コンピュータに代表される量子情報技術は、情報処理の新たな発展可能性を示しています。一方で、量子情報技術は、量子技術の中でも「わかりづらい」と考えられがちです。その理由の一つは、大学の理工系の学科に進学しないと、量子情報技術の基礎となっている量子力学を本格的に勉強する機会が持ちにくいからでしょう。また、量子情報技術の基本である量子ビット(スピン1/2系)も、理工系の学科で従来使われてきた量子力学の標準的なカリキュラムでは、先の方に進まないと出てきません。さらに、エンタングルメント(量子もつれ)や量子測定が持つ日常の物理での直感に反した性質は量子情報技術の鍵といえますが、これも、従来の初年次用カリキュラムではほとんど扱われていませんでした。その結果、大学の理工系の学科に進学しなかった人のみならず、理工系の学科に進学した多くの人にとっても、量子情報技術はブラックボックスとなってしまっています。

 近年、「量子コンピュータはどんな計算でも超高速に解ける」など、量子コンピュータを誇大広告した怪しいビジネスなども目につくようになってきました。このような怪しい「量子ビジネス」に騙されないためにも、また、量子情報技術の今後の発展を支えるためにも、より多くの人々が量子情報技術を学び「量子リテラシー」を高める必要性が増しています。

 量子情報技術の特性や、量子情報技術と従来の情報技術との違いを正しく理解するには、量子力学の原理(これは怪しい「量子ビジネス」を見破るための手がかりにもなります)を知ることが必要です。そのためには、量子情報技術を記述する基本要素である線形代数、特にベクトルと行列の概念の理解が重要となります。量子技術高等教育拠点では、量子情報技術を理解するために必要な最小限の線形代数や量子力学を学ぶための教材を作成しています。もちろん、エンタングルメント(量子もつれ)や量子測定も初学者から学びます。まだまだ分かりづらい点があるかもしれませんが、より効果的に量子リテラシーを高められるように、今後も教材の改良を進めていきたいと考えています。

村尾美緒 教授
東京大学大学院理学系研究科
専門は、量子情報の理論、量子アルゴリズム、量子プログラミング、量子力学基礎論